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清洲同盟の裏の目的!地方の守りは家康に丸投げ、信長の経済力を支えた「三河・遠江」の産業力【第2部:信長・家康編】

前回の【第1部:信長、義元編】では、桶狭間の戦いにおける両者の産業、経済システムの違いと、信長が今川領を直接支配しなかった理由を解説しました。今川の領地を直接支配すれば、巨額の「統治費用」と、武田信玄らの脅威にさらされる「防衛費用」で織田家...
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桶狭間の戦い|なぜ勝った信長は義元の領地を奪わなかった?産業の違いと「支配の罠」【第1部:信長・義元編】

歴史の教科書を開くと、1560年の「桶狭間の戦い」は、尾張(愛知県西部)の小さな大名だった織田信長が、圧倒的な大軍を誇る今川義元を打ち破った「奇跡の大逆転劇」として描かれています。しかし、戦国時代の本質を「経済や産業」という裏舞台の視点から...
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信長から南蛮貿易は家光へ!火薬から科学へ、4人の天下人が繋いだ国家戦略【総集編】

「三英傑」で終わらない。3代目・家光が完成させた国家のガバナンス歴史の教科書やテレビの特番を観ていると、日本の戦国時代は「信長・秀吉・家康」のいわゆる三英傑(さんえいけつ)で物語が完結しがちです。家康が江戸幕府を開いて天下泰平になり、「めで...
ゆかりの地

南蛮貿易の正体!なぜ南蛮船(ポルトガル)が日本に来たのか?日明の国交断絶と「最強のせどりビジネス」【世界史編】

なぜ日本に南蛮船が来たのか?その裏には日明の国交断絶と、ポルトガルによる驚異の「せどりビジネス」がありました。応仁の乱から続く細川氏と大内氏の宿命の利権争いが、明の港での大事件(寧波の乱)へ発展。世界経済の歪みから信長の覇権へと繋がる歴史の裏側を解説!
ゆかりの地

織田信長の生い立ち|なぜ領地に南蛮船が来ないのに、誰よりもキレ者の「天才実業家」になれたのか?【生い立ち編】

信長の経済センスはどこで磨かれたのか?「戦国時代、最も南蛮貿易の恩恵を受けたのは誰か?」そう聞かれたら、多くの人は長崎や平戸を押さえていた「九州のキリシタン大名」を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、近年の歴史研究により、信長の領地に...
ゆかりの地

長篠の戦いはなぜ起こったのか?三方ヶ原の戦いから続く武田・徳川の因縁をわかりやすく解説!武田勝頼が三河・遠江を欲した本当の理由とは?

戦国時代屈指の大決戦として知られる「長篠(ながしの)の戦い」。 織田信長・徳川家康の連合軍が、当時最強と謳われた武田勝頼の軍勢を圧倒的な鉄砲戦術で破ったとされる、歴史の教科書でもおなじみの合戦です。しかし、「なぜこの戦いが起こったのか?」と...
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佐久間信盛追放から秀吉一強、家康台頭まで!本能寺の変 前後の織田家序列レースの全貌【総集編】

戦国時代最大のミステリーであり、時代の転換点となった「本能寺の変」。織田信長が倒れたことで天下の勢力図は激変しましたが、本当に恐ろしい地殻変動は、その裏で起きていた「織田家臣団の壮絶な格付けチェック(序列レース)」でした。昨日までの上司が一...
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徳川家康の本能寺の変|身内が揉めてる隙を突け!徳川家康の「最凶の戦略」【第4部】

天正10年(1582年)の本能寺の変の後、織田家の最高幹部「五大将」の序列は激変しました。羽柴秀吉が明智光秀を討ち、柴田勝家や滝川一益らを蹴落として、織田家の新たな支配者へと急速に駆け上がっていったのは、第3部で解説した通りです。しかし、こ...
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織田信長の家臣団|序列の崩壊!本能寺の変のあとに起きた重臣たちの「下剋上」【第3部】

天正10年(1582年)6月2日、日本史を揺るがす大事件「本能寺の変」が勃発。絶対的な独裁者であった織田信長が49歳でこの世を去りました。主君の死は、それまで信長により固定されていた織田家臣団の序列ピラミッドをわずか数日で完全に壊しました。...
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本能寺の変直前!五大将「家臣」の序列ランキング(年齢・石高徹底比較)【第2部】

天正8年(1580年)に筆頭家老・佐久間信盛が追放されたことで、織田家は完全に「成果を出さねば即クビ」の超実力主義へとシフトしました。それから2年後の天正10年(1582年)。天下統一まであと一歩に迫った織田信長の足元には、国家並みの軍事力...