【消えた信長の遺体】
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば……」
天正10年(1582年)6月2日、天下統一を目前にした織田信長は、明智光秀の謀反により「本能寺の変」で非業の死を遂げました。まもなく五十歳、信長四十八歳の時です。
しかし、不思議なことに、燃え盛る本能寺の焼け跡から信長の遺体は発見されませんでした。
この「消えた遺体」という歴史のミステリーが、後世に多くの「織田信長の墓」を誕生させることになります。現在、信長の墓や供養塔は全国に15ヶ所以上 存在すると言われています。本記事では、京都を中心に点在する主要な墓所の歴史的背景や、今も語り継がれる「本物の遺骨」の伝説について詳しく解説します。
織田信長公の本廟:京都「本能寺」
まず訪れるべき所は、最期の地として名高い 本能寺 です。現在の本能寺は豊臣秀吉の都市計画により移転された場所にあります。ですので「本能寺の変」当時と現在とでは本能寺は異なる場所に存在することになります。当時と場所は違えど、現在の境内には「信長公廟」が建立されています。
特徴:信長の三男・織田信孝の命により建立されました。
納められているもの:信長の遺骨が見つからなかったため、武士の魂とされる信長愛用の太刀が納められています。
見どころ:信長公廟の隣には、森蘭丸ら「本能寺の変戦没者合祀墓」もあり、主君に殉じた家臣たちと共に静かに眠っています。境内の隅に建立されています。意識すればすぐに見つけることができますが、信長廟があることを知らなければ見落とすかもしれません。
秀吉が建立した公式の菩提寺:京都「大徳寺 総見院」
豊臣秀吉が信長の一周忌法要のために建立したのが、大徳寺 総見院 です。当時、秀吉が信長の正統な後継者であることを世に知らしめるための政治的な意味合いも強い場所でした。
特徴:信長の法号「総見院殿」から名付けられました。
重要文化財:本堂には、香木で作られた等身大の「木造織田信長公坐像」が安置されています。葬儀の際、遺体の代わりとして2体作られ、そのうち1体は身代わりとして荼毘に付されました。
墓所:境内には信長本人だけでなく、嫡男・信忠や次男・信雄ら一族の墓碑が並んでいます。
「本物の遺骨」が眠る?:京都「阿弥陀寺」
歴史ファンの間で「こここそが本物の墓所」と根強く支持されているのが、京都市上京区にある 阿弥陀寺 です。
伝説:開山の清玉上人は信長と親交が深く、本能寺の変の際にいち早く駆けつけました。自害した信長を火葬していた家臣から遺骨を託され、ひそかに寺へ持ち帰って埋葬したという記録(信長公阿弥陀寺由緒之記録)が残っています。
秀吉との確執:後に秀吉が大規模な法要を申し出た際、上人は「すでに供養は済んでいる」と断りました。これが秀吉の不興を買い、寺の領地が削減されたというエピソードも、この墓の信憑性を高めています。
参拝:門前には「織田信長公本廟」の碑が立ち、墓地には信長・信忠父子、そして家臣たちの墓が寄り添うように並んでいます。
聖地に建てられた供養塔:和歌山「高野山 奥之院」
宗教の聖地、和歌山県の 高野山 奥之院 にも信長の「供養塔」があります。
背景:戦国大名の多くは、弘法大師のそばで眠ることを願い、奥之院に墓所を設けました。
興味深い点:面白いことに、信長の供養塔からほど近い場所に、仇敵である明智光秀の供養塔も存在します。400年以上の時を経て、かつての敵味方が同じ山に眠る姿は歴史の深さを感じさせます。
高野山へ行った際、信長の供養塔があることは知らず、偶然見つけて驚いた記憶があります。高野山には戦国武将ほか、源氏などの武将の供養塔が多数存在します。
全国に広がる信長の墓所(一覧)
その他にも、信長ゆかりの地には多くの墓所・供養塔が存在します。
安土城跡(滋賀県):一周忌に秀吉が信長の太刀や烏帽子を納めて建立。
西山本門寺(静岡県):信長の首がひそかに運ばれ、柊(ひいらぎ)を墓標として埋葬されたという伝説が残る。
建勲神社(京都府):墓ではありませんが、信長を御祭神として祀る神社。船岡山に位置し、京の街を見守っています。
まとめ:なぜこれほど多くの墓があるのか
織田信長の墓がこれほどまでに多い理由は、単に「遺体が見つからなかった」からだけではありません。
供養の形:当時は遺体を埋葬する「埋葬墓」のほかに、遺品を納めたり慰霊のために建てる「供養塔」という習慣があったこと。
政治的アピール:秀吉のように、信長の威光を借りて自分の権力を正当化するために建立されたケース。
深い忠義:清玉上人のように、純粋に故人を弔いたいという願いから守られた隠れ墓。
京都の街を歩くと、華やかな観光地のすぐそばに、戦国時代の荒波を物語る静かな墓所が佇んでいます。信長の「本物の墓」がどこであるか?そもそも「墓」とは何か?「本物」とは何か?「遺骨」が無ければ墓ではないのか?そんな「問い」とともに、各地の墓所を巡ることで、天下人が駆け抜けた激動の人生に思いを馳せてみてはどうでしょうか。

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